旭川地方裁判所 昭和40年(ワ)4号 判決 1966年3月28日
原告(昭和四〇年(ワ)第三号事件)
藤井正二
原告(同年(ワ)第四号事件)
安類喜重
右両名訴訟代理人
大塚守糖
同
大塚重親
同
古田渉
被告(右両事件)
国
右代表者法務大臣
石井光次郎
右指定代理人検事
中村盛雄
(ほか四名)
主文
被告は、原告藤井正二に対し金二〇万二二七二円及びこの内金一四万七〇〇〇円に対する昭和三九年九月二二日以降右完済に至るまで年二分四厘の割合による金員を、原告安類喜重に対し金一〇万六一〇六円及びこの内金七万七〇〇〇円に対する昭和三九年一〇月一六日以降右完済に至るまで年二分四厘の割合による金員を、それぞれ支払え。
原告らその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一<証拠>によれば、左記1、3の各事実が認められ、左記2、4の各事実は、当事者間に争がない。
1 原告両名は、それぞれ、豊田光義から、その主張の日、その主張の建物を、その主張の代金で買い受け、即日その主張のうち金を支払つたが、その後、豊田は、原告らが残代金の支払を遅滞したことを理由に右各売買契約を解除したとし、残代金の受領を拒否するに至つたので右解除を無効とする原告らとの間に紛争が惹起したこと。
2 そこで、原告らは、昭和二三年一二月一六日前記売買代金債務の履行地の供託所である旭川地方法務局に対し、民法第四九四条を根拠法条として、豊田光義のため、前記残代金を供託することにし、原告藤井は金一四万七〇〇〇円、原告安類は金七万七〇〇〇円を、それぞれ供託したこと。
3 原告らと豊田との間の前記紛争は、その後調停、訴訟に持ちこまれ、長期間に亘つて続いたが、右両者間の前記建物所有権確認本訴、前記売買契約存続確認反訴各請求控訴事件が札幌高等裁判所に繋属中(同庁昭和三五年(ネ)第二四号、第一九四号事件)、これが調停に付された結果、原告安類と豊田との間では、昭和三六年一月二四日、原告藤井と豊田との間では昭和三九年六月一二日、それぞれ調停が成立し、いずれも前記供託金は原告らが供託所から取戻すことに合意し、ここに前記紛争の結着をみたこと。
4 そこで、原告藤井は、昭和三九年九月二二日、旭川地方法務局供託官伊藤実に対し、前記供託金一四万七〇〇〇円及びこれに対する利息の取戻請求をしたところ、同供託官は、同年一〇月一日右請求を却下し、また、原告安類は、昭和三九年一〇月一五日同供託官に対し前記七万七〇〇〇円及びこれに対する利息の取戻請求をしたところ、同供託官は即日右請求を却下したこと。
二被告は、前記供託金取戻請求却下の処分は、供託官が供託所としてなした供託法上の行政処分であり、行政処分に公定力が認められる以上原告らは前記却下処分の取消を得た後でなければ、具体的な払渡請求権を行使することはできないものと解せざるを得ないと主張するので、先ず、これについて判断する。
供託における供託当事者(供託者及びこの者によつて供託物の還付を請求し得べき者とされた第三者たる被供託者をいう、以下同じ)と供託所との関係が公法関係か私法関係(第三者のための寄託契約)かについては近時見解の岐れているところであるが、凡そ供託は、法令(これが公法のこともあれば私法のこともある)の規定ないしはこれに基づく裁判により、これをなすべきことが義務付けられている場合若しくはこれをなすことにより免責その他一定の利益を亨受し得べきものとされている場合に該義務を履行し若しくは所期の利益を亨受しようとする者が所定の金銭有価証券又はその他の物品を第三者たる一定の者に寄託することを本質とするものであつて、この場合右一定の者としての供託所ないし供託物保管者が如何なる者であるべきかについてはそれが供託物の保管に適当な者であれば足りることであつて法理上の制約があるわけではなく、立法者ないし裁判所が供託物の性質その他の事情を考慮して合目的的にこれを決し得るものであり、このことは、供託法第五条の規定や民法第四九五条第二項、非訟事件手続法第八一条第八二条の規定からも充分に看取することができる。供託の本質が右のとおり一種の寄託たる以上供託者と供託所との関係は、供託者の前示義務ないし利益が私法上のものたると公法上のものたるとを問わず、本来対等の当事者間の関係としての私法関係と解すべきであり、従つてまた供託の成立を要件として実定法の定めるところにより第三者たる被供託者と供託所との間に生ずる一定の法律関係(この関係の発生根拠は実定法の規定であつて、供託当事者の意思ではない。さればこの関係は第三者たる被供託者の意思如何に係わりなく発生するのである。供託を第三者のためにする寄託であるとする見解はこの点において左袒し難い。)も私法関係と解すべきであつて、このような私法関係としての供託関係の特殊性は、供託の本質が前示の如きものであるところから、私法の一般法たる民法に対する特別法を以つて規律を要するものがあるにとどまる。
ところで供託法の規定によれば、金銭及び有価証券(以下単に金銭等という)の供託については、国の行政機関の一部局である同法第一条所定の官署が供託所としてこれを保管し、ここにおける供託事務は同法第一条の二所定の者が供託官としてこれを取扱うことになつており、更に供託官の処分を不当とする者は同法第一条の三の規定により該供託官を監督する法務局又は地方法務局の長に対し審査請求をすることができるものとされ、同法同条の四ないし同条の七に右審査請求手続についての規定がある。思うに、供託法が金銭等の供託所を前記官署としているのは、金銭等それ自体の性質もさることながら、金銭等の供託が現行法上量的にも質的にも極めて重要な機能を営むものであることに鑑みその供託をしようとする者一般に対し右官署をいつでも供託可能で而も安全、確実な供託所として提供しこれを利用させようとの趣旨に出たものと考えられるのであつて、この意味において金銭等の供託所としての右官署は、一種の官営公共営造物であると解するを相当とするから、かかるものとしての供託所に金銭等を供託する関係は、いわゆる営造物の利用関係であるといわなければならない。因みに、昭和三四年法務省令第二号の供託規則は、法務大臣が金銭等の供託に関する手続規定として定めたものであつて(同規則第一条)、この中には例えば同規則第三三条の如く供託法に基づく委任命令たる性質の規定も存するが、その大半は、公共営造物としての供託所を営む国の該営造物管理者としての法務大臣がその管理権に基づき該営造物の利用手続ないし利用条件について定めた営造物規則たる性質を有するものと解される。そこで前示の如き営造物の利用関係としての金銭等の供託関係は法律上如何なる性質のものかを考えてみるに先ず、右供託関係のうち供託官の処分に対しての審査請求に関する関係が公法関係であることは明らかである。蓋し、供託官の処分を不当とする者がこれについての審査請求をなし得る権利は公法上の権利であり、右審査請求の手続は公法上の手続であること勿論であり、審査請求に対して供託官を監督する法務局又は地方法務局の長が行う決定は固より公法上の処分であるし、審査請求の対象としての供託官の処分も少くともそれが審査請求の対象となるものである限りにおいては公法上の処分たることを否定し得ないからである。しかしながら金銭等の供託所が官営公共営造物としての官署であり、ここで供託事務を取扱うのが供託官であるということによつて、本来対等の当事者間の私法関係として一種の寄託たる性質の供託関係が忽然として権力的ないし支配的関係に転化するものとは到底考えられないところであつて、右営造物利用関係としての金銭等供託の関係も、基本的には、これを具体的に言えば前示の審査請求に関する関係以外の関係では、あくまでも対等の当事者間の関係と同様の関係とみるのが相当であり、而して同様の関係は同様の法によつて規律されるべきものとするのが正義と衡平に合致するから、これも亦私法によつて規律される関係であり、ここに生ずる権利は私法上の権利であると解しなければならない。供託法及び供託規則によれば、供託官は金銭等の供託事務を処理するに当り自由裁量権を全く有せず、いわば一〇〇パーセント法規に覊束されることになつているが、供託法が金銭等の供託所を前記官署としたことの趣旨が前叙の如きものであることからしても、国が右供託所を独占的に営むものであることからしても、そのことは、公共営造物としての供託所を利用する者の利益のため寧ろ当然のことであつて、金銭等の供託関係が基本的に私法によつて規律される関係であるとみることの妨げには少しもならない。現に、供託所に対する供託当事者の供託金銭等の払渡請求権(還付請求権及び取戻請求権をいう、以下同じ)は、一般私債権と全く同様に譲渡、質権設定、仮差押、仮処分、差押ないし移付命令等の目的とされているのであつて、このことは右払渡請求権が私法上の権利たることの証左というべきである。以上みたところによれば、営造物利用関係としての金銭等の供託関係は私法によつて規律される関係と公法によつて規律される関係とが結合している関係であつて、これを全体として一種の公法関係(いわゆる公法上の管理関係)と呼ぶことは勿論可能であり、場合により有用でもある。而してかかる意味における一種の公法関係としての金銭等供託関係が供託規則第一八条第一項又は第二〇条の規定による供託官の供託受理(この実質は営造物利用の申込に対する承諾である)によつて成立するというのも勿論間違いではない。しかしこれは、もはや言葉の問題に過ぎないことを銘記しなければならない。
さて、供託所に対する金銭等の供託関係の法律的性質が前段説示のとおりのものとすると、右供託関係につき供託官のなす処分は、それ自体としては、供託当事者と対等の立場に立つ者としての供託所のなす私法上の行為たる性質のものといわなければならず、従つて右供託関係につき供託官が何らかの処分をした場合、一般行政庁が公権力の行使としてなす行政処分において該行政庁の意思について認められるような優越性を供託官の意思について認めることはできない。すなわち右の行政処分においては、仮りにそれが違法なるものであつても当然無効のものでない限りは正当な権限を有する機関によつて取消されるまでは一応適法の推定を受け有効として取り扱われるべき効力としてのいわゆる公定力があるものとされるのであるが、供託官の処分についてはかかる公定力を認めることはできない。供託官の処分に対する審査請求手続は供託法に規定されているところ以外は行政不服審査法によるものであり、このことは同法第一条の七の規定の反対解釈からも明らかであるが、同法第一条の七は、行政不服審査法が行政庁の違法又は不当な公債力行使に対する不服審査のための法律である(同法第一条参照)ことから同法の中に設けられた枢要な規定の多くのものの適用を排除しており、就中同法第一四条の規定の適用を排除した関係で供託官の処分に対しては審査請求の期間の制限はないことになつており、これによれば供託官の処分に対する審査請求手続において行政不服審査法の規定中右排除規定以外の規定が適用されるのは、単に審査請求手続をこれによらしめるというだけの意味しかなく、そのことから供託官が供託所としてなす処分が行政庁としての公権力の行使であるとか、その処分には公定力があるとかいう結論を引き出すことはできない。それで供託法が金銭等の供託所の供託事務を供託官が取扱うものとし、供託官の処分を不当とする者は供託官を監督する法務局又は地方法務局の長に対し審査請求ができるものとしている趣旨は、官営公共営造物としての供託所を利用する者ないしは右利用による利害関係人が供託所の執つた処置に不服がある場合その者に簡易迅速な救済手段を与えると共に供託取扱者の監督者による右不服処理を通じて官営公共営造物としての供託所の運営の適正を確保しようとするだけのものとみなければならない。そこで供託官が供託当事者からの供託金の払渡請求を却下した場合を考えるに、右却下処分に前示のような意味での公定力がない以上供託当事者が供託所(国)に対して有する私法上の権利としての供託金払渡請求権は右却下処分によつて形成的にも確認的にも何の影響も受けないものといわなければならない。ひつきよう、右却下処分は供託金の払渡請求を拒否するだけの意味しかない処分ということになる。
以上のとおりであるから供託官が供託金の払渡請求を却下した場合、供託当事者は被告主張の如く該却下処分の取消を得た後でなければ、具体的な払渡請求権を行使できないものと解すべきいわれはなく、供託当事者は該却下処分の取消など得なくとも、直ちに、供託所の管理主体たる国に対し訴によつて供託金の払渡請求権を行使することができるものといわなければならない。供託当事者に右請求権実現のため別途の手段が与えられているか否かは別個の問題である。されば被告の前記主張は採り得ない。
三次に、被告の消滅時効の抗弁について判断する。
(一) 先ず、弁済供託をした者が民法第四九六条の規定によつて供託物を取戻す権利が如何なる性質のものかを考えてみなければならない。
弁済供託に限らず、凡そ供託がなされた場合、被供託者から供託所に対しての供託物の還付請求権が無条件のものとして生ずるか条件付きのものとして生ずるか、若し条件付きのものとして生ずるとすれば如何なる条件のものとしてかは、該供託の原因関係を規律する個々の実定法の定めるところであるが、これを弁済供託についていえば、被供託者は供託者の債権者である限り、民法第四九四条の規定の勿論解釈として、供託がなされると同時に供託所に対して供託物の還付請求権を取得するものであり、弁済供託が供託者に債務免責の効果を生ずるに必要な要件を充足していない場合であつても被供託者は供託物の還付請求権を取得するものと解される。蓋し、被供託者たる債権者が供託を受諾するには何の制約も存しないところ、このことは被供託者たる債権者は弁済供託の適否に係わらず供託物還付請求権を有していることを前提とするものといわなければならないからである。なお、この場合供託者の債務免責の効果が被供託者による供託の受諾によつてはじめて生ずるものであることはいうまでもない。他方、供託の成立による供託者と供託所との間の法律関係については、供託法第八条第二項、第九条の規定が民法に対する特別法をなしているものであつて(もつとも供託法第八条第二項の規定中民法第四九六条に関する部分は、単なる注意規定と解すべきである)。供託一般についていえば、供託者は、(イ)供託が錯誤に出たこと、(ロ)供託原因が消滅したこと、(ハ)供託物を受け取る権利を有しない者を被供託者に指定したこと、以上いずれかの事由がある場合に限つて、供託所に対し供託物取戻請求権を取得するものであり、右(イ)及び(ハ)の事由のある場合は被供託者から供託所に対する供託物還付請求権は供託の当初から発生せず、これに反し右(ロ)の事由ある場合は、既に被供託者のもとに無条件若しくは条件付きのものとして発生していた供託物還付請求権は右事由の発生と同時に消滅し、新らたに供託者のもとに供託物取戻請求権が発生するのである。すなわち供託原因が消滅したときは、供託関係に右のような変動が生ずるのである。ところで弁済供託の場合は、それによつて質権又は抵当権の消滅を来たした場合ではない限り、供託者は、民法第四九六条第一項前段の規定により被供託者たる債権者が供託を受諾せず又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、供託物を取戻す権利(以下これを取戻権という)を有するのであるが、この権利を行使するまでの間は被供託者たる債権者が供託所に対して供託物還付請求権を有しているのであつて、供託者が取戻権を行使すれば被供託者の右還付請求権は消滅し、これと同時に供託者のもとに供託物取戻請求権が発生するのであるから、取戻権の行使は、前示の供託原因消滅の場合と同様、既存の供託関係に変動を生ぜしめるものであり、従つて取戻権はこれを形成権と解するを相当とする。而して供託者たる債務者が供託所に対し民法第四九六条の規定によるものとして供託物取戻の請求をした場合は、形成権としての取戻権を行使する意思表示と、その行使の結果としての供託物取戻請求権を行使する意思表示とが一体としてなされているものとみなければならない。
(二) 被告が本件において、消滅時効にかかつたとしている原告らの供託金取戻債権なるものは、実は、前段説示の形成権としての供託金取戻権にほかならないものであることは、被告弁論の全趣旨によつて明らかであるから、被告の消滅時効の抗弁は、かかるものとしての供託金取戻権について判断することにする。
民法第四九六条の規定による供託物の取戻権が私法上の権利であることはいうまでもなく、金銭を供託所に供託した場合も固より同様である(二の判示参照)。而して形成権としての取戻権は、その行使によつて債権としての供託物取戻請求権を生じさせる手段に過ぎないのであるから、その消滅時効の期間は右取戻請求権についてのそれと同一期間と解するを相当とするところ、供託物の取戻請求権ないし還付請求権の時効に関しては、供託法に特別の定めは存しないから、債権としての右請求権は民法第一六七条第一項の規定により一〇年間これを行わないことに因つて消滅するものと解すべきであり、従つて形成債権としての取戻権についても右同様に解するを相当とする。問題は右取戻権の消滅時効がいつから進行するかである。凡そ私法上の権利の消滅時効は民法第一六六条第一項の規定によりこれを行使することを得る時から進行するものであることはいうまでもないが、そもそも権利の消滅時効なるものは、これを行使するのに法律上何の障碍もないに拘らず権利者がこれを行使せずに放置しておく結果として生ずる事実上の安定状態を法律上のものに高めて是認することを本旨とするものであり、また権利の上に眠る者よりも権利の不行使に信頼を寄せた者を保護するという趣旨をも含むもののところ、権利者において権利行使すること自体は形式上可能であつても若しこれを行使すればその反面において法律上の不利益を不可避的に甘受せざるを得ないような状態が継続している場合は、未だ法的なものに高めるに値する事実上の安定状態が生じているものということはできず、またこの場合権利者が権利の上に眼つているということもできなければ、義務者が権利者の権利不行使に対し保護に値する信頼を寄せたものということもできないから、権利行使につき法律上の障碍がある場合に準じて取り扱い消滅時効進行の始期としての権利を行使することを得る時は未だ到来していないものと解するのが相当である。これを供託物の取戻権についてみるに、取戻権を有する弁済供託者が、これを行使すると民法第四九六条第一項後段の規定により供託をしなかつたものと看なされてしまうから、該弁済供託が民法第四九四条所定の要件に従つてなされたものであつて、かつ、これによる債務免責の利益を亨受する必要が弁済供託者に存続している場合は、弁済供託者は取戻権を行使することにより不可避的に法律上の不利益を甘受せざるを得ないものというべきであり、かかる状態が存続している限り取戻権の消滅時効は進行せず、かかる状態が解消してはじめてそれが進行するものといわなければならない。
被告は、供託物の取戻権は弁済供託をすると同時に行使し得るのであるからその消滅時効は弁済供託をした時から進行するものと解すべきであり、このように解しても弁済供託者は被告の主張するような容易な時効中断の手段を執ることができるから何ら不利益を破らないというが、取戻権の行使自体が形式上可能であつても直ちにその消滅時効が進行するものとなし得ないことは前段説示のとおりであり、また、仮に供託所が被告主張の時効中断の手段なるものをすべて完全な時効中断事由として取扱うとしても、消滅時効が進行しないことと、それが進行するため如何に容易な手段であれ何らかの時効中断の措置を執らなければならないことは債権者たる供託者の利益として決して同じではなく、通常人にこれを期待するのは無理である。そもそも時効の中断は時効が進行してはじめて問題になることであるから時効中断の容易なことを根拠として時効進行の始期を云々するのは本末顛倒の立論というべきである。また、被告は、弁済供託をした者が債務免責の利益を亨受する必要がなくなるまで取戻権の消滅時効の進行を認めないとすると、一般債権の消滅時効について確立した解釈と矛盾し、時効制度の本質を乱すものであるというが、右前段はともあれ、右後段についてはことは全く逆であり、取戻権の消滅時効進行の始期について前判示の如く解するのは、消滅時効制度の本旨に添つた右始期についての解釈を前提とするものであることは既に述べたとおりである。更にまた、被告は、取戻権の消滅時効の進行について前判示の如く解すると、消滅時効がいつ完成するか供託所に判らないため供託所の内部事務処理ないし供託金処理(消滅時効完成による供託金の国庫への歳入手続)に渋滞を来たし、消滅時効制度を設けた趣旨の大半がそこなわれてしまうというが、供託当事者が供託所に対して有する権利の消滅時効の完成時効が供託所に判らないのは、民法第四九六条の認定による取戻権についてに限られるものではなく、供託原因消滅によつて供託者に生ずる供託物取戻請求権についても同様のことがある筈であり、のみならず公共営造物たる供託所としては弁済供託にかかる金銭等につき払渡請求がない場合は、少くとも供託者には該弁済供託による債務免責の利益を亨受すべき必要がなお存続しているものと推測して然るべきものであるから、被告の右のような立論は、弁済供託をした者の立場を忘れた膠見のそしりを免れない。
(三) ところでの1、3に判示した事実によれば、原告らのした前記弁済供託は、いずれも民法第四九四条前段所定の要件に従つてなされたものと認められ、かつ、一の1ないし3の事実によれば、原告らが前記弁済供託によつて一の1で認定の各建物買受残代金支払債務の免責の利益を亨受する必要は一の3で認定の各調停が成立するまでは存続していたものと認められ、右調停が成立してはじめて右の必要が解消したものと認められる。そうだとすれば、原告らのした一の2に判示の弁済供託金についての民法第四九六条の規定による原告らの取戻権の消滅時効は、前記各調停の成立した時から、すなわち原告安類については昭和三六年一月二四日から、原告藤井については昭和三九年六月一二日からそれぞれ進行を開始したものというべきであり、而して一の4に判示の事実によれば右取戻権を原告藤井は昭和三九年九月二二日に、原告安類は同年一〇月一五日にそれぞれ行使したものであつていずれもそれが一〇年の消滅時効にかからないうちに行使したものであることは明らかである。されば被告の消滅時効の抗弁は失当である。
四以上の事実によれば、被告は、
原告藤井に対し同原告のした前記供託金一四万七〇〇〇円及びこれに対する前記供託所が右供託金を受入れた日である昭和二三年一二月一六日の属する月の翌月の初日である昭和二四年一月一日以降同原告が右供託金取戻の請求をした日である昭和三九年九月二二日の属する月の前月末日である同年八月三一日までの間の供託法第三条、供託規則第三三条第一項所定の年二分四厘の割合による利息金五万五二七二円の合計金二〇万二二七二円及び前記供託金一四万七〇〇〇円に対する右供託金取戻の請求をした日の翌日である昭和三九年九月二二日以降右完済に至るまで供託法第三条、供託規則第三三条第一項所定の年二分四厘の割合による遅延損害金を、
原告安類に対し、同原告のなした前記供託金七万七〇〇〇円及びこれに対する前記供託所が右供託金を受入れた日である昭和二三年一二月一六日の属する月の翌月の初日である昭和二四年一月一日以降同原告が右供託金取戻の請求をした日である昭和三九年一〇月一五日の属する月の前月未日である同年九月三〇日までの間の供託法第三条、供託規則第三三条第一項所定の年二分四厘の割合による利息金二万九一〇六円の合計金一〇万六一〇六円及び前記供託金七万七〇〇〇円に対する右供託金取戻の請求をした日の翌日である昭和三九年一〇月一六日以降右完済に至るまで供託法第三条、供託規則第三三条第一項所定の年二分四厘の割合による遅延損害金を、
それぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は、被告に対し右各義務の履行を求める限度でこれを正当として認容すべきであるが、その余は失当であるから(原告らは、前示利息金についても遅延損害金の支払を求めているが、債務者は利息金の支払を遅滞しても、当然にはそれに因る損害賠償債務を負うものではない。また、原告らは前記供託金の支払遅滞に因る損害金として年五分の割合によるものを求めているが、供託金払渡債務としての金銭債務不履行の場合民法第四一九条本文にいう法定利率は供託法第三条、供託規則第三三条第一項所定の年二分四厘を指すものと解されるから供託金の支払遅滞に因る損害金としては年二分四厘の限度でしか認められない)、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(宮崎富哉 山木寛 井関正裕)